行動しやすくなりたい

相変わらず習慣化した行動しかできない。
なぜかなあと考える。考えてそこで終わる。
それはなぜかなあとまた考えて、やりたくない理由や感情にフォーカスしているからじゃないかと思った。

行動に慣れているかどうかにかかわらず、何かをするには時間なり体力なり、何かしらのエネルギーを消耗する。その行動の結果、得るものはあるか?今の自分に達成できる難易度か?などなど、色々な思考が瞬時に巡る。
必要に迫られていないとき、不慣れな新行動については、即座に否決される。慣れていることも、気が乗らなければやらない。意思決定を気分で行っている。(自動思考は過去の経験則やそれに伴う感情によって構築されたものだとは思っているが、もはやそれは思考ではなく気分と表す方が正しいと思う)

もし、空腹を感じず、エネルギーが枯渇していてもなおその苦しさを認識しない状態に自分があり、その上で大量の荷物を手で運ぶという意志(目的)だけがあったらどうなるだろう。たぶん、栄養失調で倒れるまで荷運びを続けるのではない。司令を与えられたロボットがバッテリー切れまで動くようなもんだ。

つまり、目的を達成しようとする意志を阻害しているのは、感情や感覚なのだろう。疲労感や成否を気にするネガティブな感情などが存在しなければ、結果がどうあれ、とにかく動くことはできるんだと思う。ただ、感情が無ければ目的も生まれないだろう。欲求も生まれないからだ。

ここで最初に戻る。
行動を阻害している感情(あるいは行動しようという意志のベクトルを相殺する欲求(疲れたくないなど))にフォーカスするから動けなくなる。疲れるけど筋トレしたら筋肉がついて体が引き締まって見た目が良くなって彼女ができる!みたいなポジティブな面に集中することで、「動かない理由」が薄くできるかもしれない。

難しいのは、空腹感を感じない例のように、疲れを度外視するのもまた問題だということだ。長短を両面認識した上で、ポジティブに選択するといった感じだろうか。疲れたからやらない、ではなく、疲れているから明日から元気に動けるようにしっかり休む、という感じ方をできれば最良なのではないかな。

まあ、なんにせよ繰り返して慣れるしかないよね。イエスマン