廃墟のフラワーアレンジメントショップ

事務所で作業をしていると、外の少し離れた場所からこちらに呼びかけている女の子に気付いた。手に財布を持っていて、持ち主を探しているようだ。茶色い革の二つ折り財布で、俺のとよく似ている。咄嗟に尻ポケットを探ったが手応えがないので、もしや落としたかと思い、彼女のところへ向かった。

女の子(A子と呼ぼう)に財布を見せてもらうと、確かに俺の財布に似てはいたが、違うものだった。しかも、緩衝剤も入ったままの新品だ。

自分の財布ではなかったことを伝えると、A子は交番に届けると言って立ち去ろうとした。俺は、この手の財布を扱う雑貨店がすぐ近くにあると知っていたので、おそらくその店の人間が運搬中に落としたのだろうと言って、一緒に訪ねてみることにした。拾得者自身がいた方がいいだろう、と言ったのは建前で、女の子と一緒にいられて嬉しかったのだ。

その店は、俺の事務所の2つ隣の建物の奥にあった。その建物には幼稚園があったらしいが、閉園してかなり経っており、建物に入ると中はいかにも廃墟といった様相を呈していた。窓ガラスも割れていて、先日降った雨のせいで通路はガラス片と水たまりだらけだった。

A子とその友達のB子と並んで廊下を進む。道すがら話をするに、A子は米澤穂信の『氷菓』が好きらしく、財布の落とし主を予想した俺を冗談っぽく「ホータロー」と呼んだ。B子は『氷菓』を知らないようだったが、聞き上手で、度々冗談も口にして場を和ませた。悪戯好きのお姉さんといった印象を受ける娘だった。

そうこうしているうちに、店のある建物の奥にたどり着いた。10畳ほどのスペースに長机が一つあり、その上に3つの花鉢が置かれている。それぞれの花鉢の前で、折木奉太郎千反田える福部里志の三人が、フラワーアレンジメントに勤しんでいた。3つの花鉢は採光窓からの光と合間って、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

俺は、近くに立って指導していた店主らしき女性(50代くらいだろうか)に事情を説明し、手に持っていたオレンジ色が鮮やかな花を見せた。自分の店のものだから、あとで処分しておくと言って彼女は受け取った。こんなに綺麗な花なのに、捨てられてしまうことを惜しく感じた。

目的を達した俺は三人の作業を見ていたA子に
「あれがホータローだよ」
と言って里志の方を示した。興奮した様子でホータロー(里志)を見つめるA子を尻目に、
「ほんとはあれは里志なんだ」
とB子に耳打ちすると、彼女はいたずらっぽくキシシと笑った。そんな俺達を見とがめて、A子は何笑ってるの〜?と頬を膨らませていた。

覚醒